ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

『新財務諸表論 第5版』著:田中 弘

それぞれの会計基準について、
会社法との差異や国際会計基準の流れなどをわかりやすく解説してくれる。

ただし、この著者の方の見方というものがしっかり出ているので
初学者としてはどこまで採用すべきかは他の本も読むべきかと言う気もする。
ただ、この本に関して言えばそういった立場を明言した上で
論点を明確にしているので、十分にフェアな本だろう。

会計原則の歴史的な扱われ方など
直接現在の会計に反映しないあたりの話も興味深く読めた。

各章ごとの用語解説も充実しています。

新財務諸表論 〔第5版〕

新財務諸表論 〔第5版〕

前者は「財産の変動」を測定するのが会計(財産計算説)だというし、後者は、「利益の計算」こそ会計の仕事(利益計算説)だという。これだけ違った会計の定義が、現在の会計学で、2つとも堂々と通用しているのである。(p.19)

この2つはぱっと見それ程違わないようにも見えるけれど、
ここら辺に例えば粉飾の余地があったりするわけで。くわばらくわばら。

「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない。」
これを一般に保守主義の原則と呼んでいる。正直にいって、この一文を何回読んでも、わたしには何をいっているのか理解できない。(p.151)

理論系でここまではっきり理解できないという人も珍しい。
学者らしい頑固さで、好感は持てる。

『ヨーロッパ退屈日記』

軽いエッセイはいいもんだ。
中身のない会話でも楽しくできるのは
そこにヒューモアがあればこそだと思う。

そしてこの伊丹十三という青年は年頃らしい
高潔さをもって世界を観察している。
本当によいものが世の中には存在するに違いないという期待と、少しの諦め。
人の文化への期待はそのまま信頼感でもあって、
そこが彼のヒューモアの源泉になっている。

それにしても、
香港のここに行ったら美味いぞ、というリストは使えるのかと思って検索したら
今もお店はありそうで、人生の楽しみが増えた。ありがたや。

巻末にこの本の出版を手伝った山口瞳のあとがきと
伊丹のあとがきとの間のちょっとしたやり取りがまたクスリとさせる。良い本だ。

ヨーロッパ退屈日記 (新潮文庫)

ヨーロッパ退屈日記 (新潮文庫)

さて、先日、初めてオープン・セットを見た時、わたくしはなんともいえぬ空しい感じに打たれたものです。
つまり、あまりにも金がかかりすぎている。たかだか娯楽映画の背景に正味何十分か現れるだけで、後なんの利用価値もないのに何十億というお金が使われている。誰にこんなグロテスクな浪費の権利があるのだろう。映画はそれに価いしない。(中略)
ところで、セット自身の出来ばえをいうなら、わたくしは文句なしに、このセットが大好きだといえます。(p.38)

率直ゆえにおかしさがある、そんなツボをおさえてる。

ホーム・シックというものがある。これは一時、人生から降りている状態である。今の、この生活は、仮の生活である、という気持ち。日本に帰った時にこそ、本当の生活が始まるのだ、という気持ちである。
勇気を奮い起さねばならぬのは、この時である。人生から降りてはいけないのだ。成程言葉が不自由であるかも知れぬ。孤独であるかも知れぬ。しかし、それを仮の生活だといい逃れてしまってはいけない。(p.96)

これも力が入りすぎていると言えばそうだけれど、
そうやって自分を奮い立たせて来たと思えば彼の弱さも垣間見える。
そして、その弱さは誰にもあるようなものだと思う。

あまりに多才な人生であったが、彼もただの人間だったのだ。

『豊乳肥臀』(下)著:莫言

なるほどこうやって終わらせるか。
あくまで絵巻物であり、叙事詩として描いたのだから
こうやってもよいだろう。

共産党時代は内戦や戦争の頃に比べれば
死ににくなったかもしれないが毀誉褒貶の激しさは変わらない。

主人公もその荒波の中で、
揺れ動いた中国の上澄みから淀んだ泥水まで転がりながら読者に見せてくれる。

この作家が偉かったのは土地の記憶から離れなかったことだ。
上下巻に渡り一家は離散して、散り散りになるも最後は故郷に戻ってくる。
それというのも常に母親がその土地にへばりついているからだ。
その土地が自分のものでなくなった後も、
自分が死んだ後もその土地に居続けるその有り様は
下巻で明かされる彼女の若き日々とも合わさって壮絶である。

ただ、その派手さとは別に土地の記憶として歴史を描こうとする姿勢は
政治とは独立した中国の歴史を掴み直そうとする誠実さだと思う。
そして、何よりこの筆の膂力とも言うべき書き振りは確かなものだ。


星3つだが、人生に無力感や倦怠感を覚えている人には勧めておこう。
救われない人生としても、いつかどこかで誰かに会える気がする。
報われるかどうかは別にしても、
一瞬に世界の色合いが変わるような出会いは確かにあるような気がする。

豊乳肥臀 下 (平凡社ライブラリー)

豊乳肥臀 下 (平凡社ライブラリー)

「どれ、お祖母ちゃんに触らせておくれ。痩せたか、肥ったか、見てあげよう」
母親の手が、司馬糧の頭を撫でた。
「なるほど、わしの糧児じゃ。人間はの、どんなに変わっても、頭の骨は変わりようがないのじゃ。生涯の運がぜんぶここに刻まれておる。よかろう、この肥え具合ならよかろう。おまえも、どうやらましな暮らしをしておるとみえ、メシにはありつけるようじゃの」(p.282)

ついさっき家を取り上げられ公務執行妨害として逮捕されかけたところを
孫にあたる司馬糧が偉くなって助けに来たところ。
親が気にすることなんて、つまるところこの一点なんだろう。

『日本の神々』谷川健一

幅広く神々を取り扱っているが
少々散漫な印象的はあるかもしれない。

最初は言葉のつながりから語彙にイメージを与えていき。
中盤では歴史的な趨勢をおさえながら
神や霊的なものがどのような意味を持っていたか見せる。
終盤では実地の取材に即して展開する。

どうも、それぞれの部分だけでも
ひとつの本に出来るだろうという気がするので
新書にまとめようとしたのが間違いかね。

八幡信仰のあり方から
沖縄の尚氏が九州から来たのではないかという話は
面白いけど、やっぱり脱線してるんじゃないかな。

とはいえ、沖縄でのユタの事例などは
死のあまりの近さを考えると
取材する信用を得るだけでも大変なものだろうと思う。
実直で地道な学者だ。

日本の神々 (岩波新書)

日本の神々 (岩波新書)

アイヌの熊狩歌(イコイキシノツチヤ)は、熊狩に行って熊の穴を見つけた時、熊の穴の入り口に立って槍をかまえながら歌ったものである。歌の文句はまず自分の素性を名乗り、先祖代々自分の家と山の神(熊)との間には特別に友好関係のあった所以を述べ、熊の神がその本来の姿である霊に帰って山を降り、ふもとの村を訪ねてくれるように懇請する内容のものだった。(p.68)

アイヌも結構やってくれるので今ならゴールデンカムイクラスタも面白いんでないか。

百十踏揚にあっては、妻の身分でありながら、神女でもあったということである。南島にあっては聖俗を厳密に分けることはなかった。聞得大君も多くは琉球国王の妻がその地位についた。それら高級神女も神がかりをしたという事実は重要である。(p.126)

高級神女という言い方はそうでない神女もいるということで、
それらもひとつの霊そのものとして祀られもすることを考えると、
男尊女卑的な世界が今持ち上がっているのは
偶然霊的な世界が敗北しただけだという気もする。

「経営の心得」著:小山昇

一貫して中小企業の経営者の視点をとっており、シンプルで分かりやすい断章形式の本です。


中小企業とは経営資源に余裕のない会社と思ってもらえば差し支えはないでしょう。
そういう会社では特にコミットメントを求めないと
すぐにガタガタになってしまうわけで、
ブラック化する風土の現れやすい状況です。


小山氏もそうした中で、当然
強烈な会社を経営していると思うのですが
それなりに社員の方は納得感を持って働いているだろうとも思います。


それは評価に関して次のような方針が見られるからです。
「見えるものを評価する、それも結果よりも行動を評価する」
「評価の基準は明確にして社長も含めて一律に適用する」
「評価の結果は賞罰問わず形にして広める」


他のティップスは企業規模によっては
使いにくいものもあるかもしれませんが
評価の方針はどこにでも適用できるものかと思います。

経営の心得 ?最高の社員を育てるリーダーの決断と行動?

経営の心得 ?最高の社員を育てるリーダーの決断と行動?

甲乙つけがたいという時点で、
甲にも、乙にも違和感を抱いているはず。
甲も乙も不採用が正解。

なるほど、大企業はここで両方いけるんでしょうな。
ちなみに、小遣いの使い方もこれでいいでしょう。

ほとんどの会社はできの悪い人を動かすが、
できの悪い人はどこへ行っても結局ダメ。

続いているのはじっくり同じ仕事で教育したほうがいいということですが
それは正直に言えば原因次第でしょう。
ただ、異動自体にコストがかかることは間違いないうえに
動かせば解決に近づくだろうというのは甘い見通しでしょうから
小さい企業でアレコレ動かすなということにはなるか。

「租税法入門」著:増井良啓

専門書ではありますが、これ単独できちんと読めます。


いい入門書はその分野の意義と概観をどう押さえるかにかかってます。
その点、序論から紙幅を40pに渡って割いて、
租税法の意義に始まり歴史的過程を見せてくれていて
初心者としてとても助かりました。


どちらかというと法制の策定が視野に入っている分野のようですが
適用される側としてもその視点を共有するのは意味のあることでしょう。


また、各論ではより深く掘り下げつつ、
コラムで実際の事例などを拾っているうえに、
各チャプターに参考文献をつけてくれる親切仕様。

マニアックだから星3つにしようと思ったけど、
減点する内容が一個もないので、星4つに直しときます。
有斐閣だし、指定図書にしてる大学もあるんじゃないかと思うけど、
学生さんは買ったら隅まで読んでおくといいよ。

租税法入門 (法学教室ライブラリィ)

租税法入門 (法学教室ライブラリィ)

累進税率の存在が事前にわかっていれば、高所得者になる可能性のある人は、労働を控えて余暇を増やすかもしれない(代替効果:substitution effect)。逆に、税引後の手取りを増やそうと考えて、もっと働こうとするかもしれない(所得効果:incom effect)。いずれの効果が勝るかは実証の問題である。(p.19)

分からないことは(調べないと)分からないと言うのは好感が持てる。
こういう態度が科学的と呼ばれるべきものだと思う。

「ダチョウは軽車両に該当します」著:似鳥鶏

お仕事ものと推理サスペンスのごく軽いレジャー本ですね。


比較的細かく脚注が入るのはお仕事ものにはありがちで、
かつありがたいものですが、動物以外のネタも多いので
もしかして作者はそこまで動物に入れ込んでないのではないでしょうか。


とはいえ、軽いことが長所となることもある。


ミステリーと裏に書いてあるけど、
謎解きに頭を捻ることもありませんぜ。

ダチョウは軽車両に該当します (文春文庫)

ダチョウは軽車両に該当します (文春文庫)

「先にやらなかったらこっちが何をされていたか分からないでしょう。ああでもしないと、か弱い女一人で四人も相手にできないもの」
横にいる男を計算に入れていない時点でか弱いわけがないのだが、それは言わないことにした。(p.46)

こういう「認識と現実の距離感」は現代的リアリティを持って読める感じ。
キャラは作り過ぎかと思うけども。