「蠅の王」著:W・ゴールディング
無人島に不時着した少年たちの
サバイバル・サスペンスといった趣。
バトルロイヤルものの原型としての
形式的が感じられてそれ自体興味深くもある。
あからさまに敵対しそうなやつがきっちり敵対して、
あわれな犠牲者は最初の予感に違わずおまえなのか、と言った具合。
そういうエンタメの側面以外にこれは
文学的装いとしての「蠅の王」の登場シーンもある。
ただ、これはだいぶ意表をつかれた。
エンタメ的な読み方をしてしまうから本線からずれたように
つい感じてしまうが、もっとシンプルに寓意的に読んで構わないんだろう。
だから、決着のつき方も唐突な感じを否めないが
それ自体決着の着く必要のない問題だったのだ。
ピギーの扱いが割とひどいのも
寓意的には、やむを得ないんだろう。
そういう割切りこそが近代的残酷さな気もしますが。
- 作者: ウィリアムゴールディング,William Golding,黒原敏行
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/04/20
- メディア: 文庫
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ラルフがなおもほら貝を吹きつづけると、森のなかで何人もの少年の叫び声があがった。台地にあがってきた少年は、ラルフの前でしゃがみ、明るい表情でラルフを垂直に見あげた。(p.26)
最初はこんな無邪気な感じだったのに、ねぇ。
服はすり切れ、ラルフのものと同じように汗でこわばっており、まだそれを着ているのは体裁のためでも快適さのためでもなく、ただの習慣にすぎない。体の皮膚は塩をふいて、ふけがたまったようにーー
いまはもうこの状態を普通だと思っている。それに気づくとラルフはちょっとげんなりした。(p.191-192)
島のサバイバルの描写は実はそれほど詳しくないが、
彼らの人間性についてはこのような感じでリアルに分かる。
いや、仕事に疲れててもこんな感じの人間性の低下ってあるよね、怖い怖い。
「その姿の消し方」著:堀江敏幸
言わずと知れた文学ジャンキーの堀江くんです。
文学の在りように対して向き合おうとする姿勢はザ純文学でしょう。
今回は偶然目にした絵はがきの詩篇から
フランスで物語が動きます。
詩は何度も読み返すものですから、
その度ごとにニュアンスを変えた読みを見せます。
そこには教師のような身振りすら感じますが、窮屈な訳でもなく詩の枠外の話も多い。
それは単に息抜きとして用意された小窓ではなくて
詩が生まれるべき土壌、または生かされる空としての
人々の生活の話だ。
特に今回は語り手の揺らぎが著者にしては珍しく
今までにない、人間への視線を感じる。
文学のための人間でも、ただの生きる人間でもなく
文学と不可分ではありえない生き様への誇りのような。
絵はがきの頼りない解釈を繰り返しながら
ヨーロッパを放浪している主人公は
肝心の真相にはついぞ辿り着かない。
そもそも辿り着くべき場所などあったわけでもない。
その間、多くの人と交わされた無数の言葉があったことだけが確かだ。
それは血の通った歴史であり、その人々の誇りに他ならない。
- 作者: 堀江敏幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2018/07/28
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あの人がフランスに来たのは仕事のためじゃない、ルルドにお参りをするためさ、奇跡を起こしてくださいってね、ムッシューはやれるだけのことをやろうとしてる、ホテルの予約は明日までだ、なんとか我慢して目が見えるようになることを祈ってほしい(p.61)
やれるだけのことをやろうとしている、ということの中に
宗教的な行為が含まれるのは、僕の語彙の中にもたしかにさっと入ってこないけれど
言われれば頷くしかないだろう。
この後の、パーティーでの軽やかさは尚更、
それが自然な語彙の中で行われていることを感じさせる。
なんというか、年を取ってみると、この座礁鯨の気持ちが前よりも理解できるように思いまして。ほほう。いるべきではないところにいるような、知らない間に、どこか自分にはふさわしくない土地に運ばれて来てしまったような、そんな気持ちなんです。(中略)息を整えた彼女はじっと私を見つめて、それはちがうね、と言下に否定した。あんたの背丈はせいぜいイルカの子どもくらいのものだ、その絵はがきの鯨は一〇メートルはあるだろう、あたしらみたいに小さな者は、浜に着くまえになにかに食べられちまうさ、座礁の心配なんていらないね。(p.163)
解釈が繰り返し上書きされる、ということの
コンパクトなバージョン。
しかし、こうやって書くと、会話文はかなり独特な間合いを作っていて
それがこの作品のテンポ感を出しているんだろう。
「職業としての小説家」著:村上春樹
出たのは少し前かとは思いますが
すでに功なり名を遂げた人物の
ありがたいお言葉集ですよね。それは避けられない。
こんなにカッコつけて写真をつけてそれは避けられない。
しかし60も後半にきているのにこの写真のふてぶてしい感じは
自分のパブリックイメージを知ってても知らないフリを突き通す
小説家らしいフィクションに塗れた在り方ですね。
とまぁ、知ってはいたけど春樹のこと僕は大嫌いなんだなぁと思うわけです。
ただエッセイの出来としては悪くない。
職業としての、と書いてるけど規範ではなくあくまで春樹個人が
具体的にどのようにして書いてきたか、はぐらかさずに書いてる。
海外展開する際の流れも克明でわかりやすい。
もちろん、とりわけ個別的な職業なんだから、
春樹にとらわれず好きにやったらいい。
いや、誰しも個人的な人生だから好きにやったらいい。
この本は多分、そういうことを確認したい年頃にちょうど良さそうではある。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2016/09/28
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どの作品をとっても「もう少し時間があればもっとうまく書けたんだけどね」というようなことはありません。もしうまく書けていなかったとしたら、その作品を書いた時点では僕にはまだ作家としての力量が不足していたーーそれだけのことです。残念なことではありますが、恥ずべきことではありません。不足している力量はあとから努力して埋めることができます。しかし失われた機会を取り戻すことはできません。(p.159)
謙虚さよりは、ぎりぎりと角張った矜持を感じる。
河合先生の駄洒落というのは、言ってはなんですが、このように実にくだらないのが特徴でした。いわゆる「悪い意味でのおやじギャグ」です。(中略)それは河合先生にとっては、いわば「悪魔祓い」のようなものだったのではないかと僕は考えています。(p.303)
なんというか、他の人間がとりわけ取り上げられるのはこの章だけで
河合さんの大きさというものを感じると同時に、
春樹が日本にいる理由なんてほとんどなかったんだろうとも思う。
「悪魔祓い」ね、屈伸みたいなことだろうが、
社会の悪魔祓いはどうやったらいいんだろうかねぇ。
「物質をめぐる冒険」著:竹内薫
入門書というよりは、概説書という感じ。
幅広く最先端の概略を教えてくれるし、おおまかな
トレンドというものも見せてくれる。
ただこういうのって、
文系的ストーリーとしてたまたま見えているものもあるので
普通に研究する人にとっては予断になりそうな見方だなぁとも。
一般的な読み物としてはこれくらいでいいけど
きっと実際のところはこういう読み物は
なので定期的アップデートが欠かせないはず。
そういう意味では永遠の門外漢としては
ざっくりした憶測も含めて読んでおくのは
逆説的に悪くはない。
物質をめぐる冒険 万有引力からホーキングまで (NHKブックス)
- 作者: 竹内薫
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そもそも物理学と数学で「厳密に計算できる」場合は、意外と少ない。(p.59)
これは不可能を言っているというよりは、
誤差を把握しながら実用上は概ね対応してきたということなんだろうと思う。
不確定性原理のおかげで原子はぺしゃんこにならない。
言いかえると、ふつうのモノが潰れないで存在する理由は、量子がもっている不確実性にまでさかのぼって理解することができるのだ。(p.115)
「ユーゴスラヴィア現代史」著:柴 宜弘
ユーゴスラヴィアは東欧にある、いや、あった国だ。
ユーラシア大陸の文化圏が重なるような地域で、
ややこしい地域だという知識しかない。
この新書は19世紀からのその国の揺れ動きを丁寧に追ってくれている。
これは一重に読者の力量不足ではあるが、
正直読んでも何かが分かるという程分からず
「やはりややこしい」という認識にはなる。
大きな帝国のせめぎ合いよりも
むしろ前景にはセルビア人、クロアチア人、ムスリムの3つの
アイデンティティのもつれ合いがある。
はっきり言ってこれを簡略に示すということは
歴史を無視するようなものだろう。
ただ一つ読み終えて気づくのは
タイトルに著者の気持ちがあることだ。
すでに存在しない国名を掲げることで
儚くも確かにあった共存の面影を残そうとしているのだ。
ただの無念さではない。歴史は過去のものだが今を生きる人間が読むものだ。
- 作者: 柴宜弘
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クロアチアの歴史教科書が、統一国家の建国によってクロアチアの「国家性」を奪われたとしているのは特徴的である。(p.62)
国家性の剥奪というのはそれほど特異なケースではないだろう。
ただ、国家性が必要不可欠であるかは外野からは常に疑問が提示されてしかるべきだろう。
この熱の差異も余計に関わりが難しい。国民国家とは難儀な発明だ。
この「ユーゴスラヴィア人」という民族概念は、自主管理社会主義体制のもとで既存の民族を越える新たなユーゴ統合の概念として、共産主義者同盟によって提案され、導入された。旧ソ連における「ソ連人」と同様の概念であった。(p.163)
国民のアイデンティティから積み上げて国家になるパターンはおそらくもっとも現代的なものだ。
むしろ、国から枠組みを作ってそこの中にいる人間を抱え込んで命名する方が古い。
そのバリエーションとして主権者による主権者の自己規定がモダンなんだろう。
極めて近代的である。自由・平和・愛どれも古くなってしまった。
「ロゴ・ライフ 有名ロゴ100の変遷」著:ロン・ファン・デル・フルーフト
世界中の会社のロゴを会社の草創期から変遷を眺められる本。
こういうのは単純に目に楽しくてよいですね。
会社それぞれのマークの意味の解説での雑学的面白さはもちろん、
マークが変わっている時の時代の雰囲気もなんとなく感じられるのがいい。
少し前まで立体感やメタル感が強かったのに、
直近ではむしろマットな印象が前面に出ている。
これは個人的な話だけども
小さな頃にWWFのマークが微妙に変わってるのを発見して
偽物じゃないのかと疑っていたんだけど、
あれは見間違いでも勘違いでもなく、実際に変わってたようだ。
30年越しにほっとした。
- 作者: ロン・ファン・デル・フルーフト
- 出版社/メーカー: グラフィック社
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世界最高のカメラを創るーーその志のもと精機光学研究所、現在のキャノンが創業されたのは1933年のこと。(中略)初代ロゴのモチーフは千手観音だった(ノンブル不明)
ストレートに千手観音っていうか、デスメタル的なロゴでした。わお。
「ヌンク・エスト・ビバンダム」(いまこそ飲み干す時)というキャッチコピーでタイヤ人間のポスターを製作、ここにミシュランマンが誕生する。「乾杯」や「飲み込む」という意味のラテン語「ビバンダム」には、道路のどんな障害物をも飲み込む強いタイヤというミシュランの考えが込められていた。(ノンブル不明)
ミシュランがなんで、グルメしているのか初めて理由がわかったよ。
「飛魂」著:多和田葉子
未知の世界は楽しい。
初めていく街の標識の形にも驚くことができる。
曲がり角から漂う香りであったり、聞こえてくる知らないイントネーション。
飛魂は中国風の道具立ではあるが、
あくまでファンタジーの世界であって、
知らない植物が生い茂り、知らない食べ物を食べている。
しかし、それが読みづらさを感じないのは
漢字の字面をとらえて文中に馴染んでいるからだ。
二度と呼ばれない不明な固有名がそれがとても楽しく、
森の奥深いところにある学舎の、
霧立ち込める空気感の陰影を印象的にしてくれる。
掌編も悪くはないが、
彼女の場合はそれなりに長くないと
アイデア一本勝負に見えてしまうような気がしてもったいない。
また、最後に著者から読者へというコラムがあり、
肩肘張らない作者の愉しみが伝わってよかった。
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人の頭の中はどうやら、本のページや書架のようにはできていないらしい。五日間、雨が続いて、六日目に晴れれば、その日の光は五日という時間の尻尾に置かれるのではなく、濡れ曇った五日をひとまとめにして逆光の中に球状に浮かび上がらせるのだ。書物を朗読する時には二行を同時に読むことはできない。行を下から上へ読むこともできない。出来るのは、繰り返し読むことだけである。読んでいるのが自分なのか他人なのか分からなくなるまで、繰り返し読む。(p.33)
言葉は肉感的に、また逆に身体は不安定に。
あなたが読んでいると意味が全然違って聞こえる、意味の不明な意味が不明のままに立ち上がる、と何人かが言い始めた。(p.36)
これはまさしく著者の企みだろうが、
ここでは「音読された言葉」たちの霊力が現されているのであって
もっと潜在的な書の、書棚に秘められたままの虎はいまだ現れない。