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ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

非常事態宣言の前に考えておきたい自衛隊のこと


おおむねこの辺のところは誰が悪いという気分にはなれない。
まったく恐ろしいことであるし、正直に言えば勘弁して欲しいが。

純真無垢な気持ちで僕が想像するこれらの顛末とは以下のものです。

1、ネットワーク的なテロリストとの戦いは、
一国が担いきれるものでなく同じくネットワーク的な警察的武力を要求する。

2、日本はテロリスト側ではないので、
国際環境から軍事的プレゼンスを費用とする共同負担を要求される。

3、直接行使しない武力として行くならという前提で拠出。
この時、それを担保するための非戦闘地域という言葉が発明される。

4、ネットワーク的なテロリストとの戦いにおいての戦場概念などあってないようなもので、
ナチュラルに約束は反故にされる。

5、自衛隊的にはすでに送られた以上、
かえって歯止めをどこにかけるかは現場の裁量にかかってしまう。

6、安倍君による現状を追認する形の政府見解。

7、とはいえ、彼らなりに不名誉を避ける程度の活動をするも、
右も左も動けないが、そもそもハナから武力でない軍隊がよくわからない。

7、やはりロビー活動するっきゃない。

というわけで、安倍君は現状追認しただけの
政治的リーダーシップとは無関係のところで
安保関連法案を動かしたというのが僕の解釈です。

なので、安倍君を変えたところで、
こうした政治的ベクトルは変わらずに圧力がかかり続けるものと考えます。
(それにしても安倍君は衒いがなくてびっくりしますが)

平和安全法制に関してはちゃんと政府がまとめていて、
これが国家機密でないことには少しほっとしますが、
別に機密にすることもできそうですよね。
とりあえず、久しぶりなので簡単でも目を通しておきましょう。

首相官邸
「なぜ」「いま」平和安全法制か

防衛白書
平和安全法制整備法案の概要

いやー、首相官邸のところの反対意見の併記がことごとく、
共産、社民だけだったり、憲法論議に関しては一番下に置いて
できるだけ見られたくないという意図が見え隠れして、
非常に手の込んだ力作と思われます。涙出そう。

その点防衛白書は官僚らしく、
条文のことしか書かないからいいですね。
読みやすくもないが、これこの通りであるという条文主義は
客観的で議論の土台になりやすい。


僕が一番気にしている、よく分からんこと

で、これ読んだんですけど、
僕にはよくわからないことがありましてね、
これが今、一番不安で大事なことだと思うのですが、
日本でテロが起きた場合、自衛隊は何処へ何をしに行くべきなのでしょう?
あるいは、自衛隊はテロに対して何ができるのでしょうか?

伊勢志摩サミットで警備が厳重になっているという
ニュースを小耳に挟みますが、
おそらくテロはここでは起きないでしょう。
今までの傾向を見る限り、やるなら警備の手薄ないわゆるソフトターゲットの中で
比較的効果の高いところを選ぶ傾向にありますので、
東京の市街地であるとか、あるいは僕の住んでる京都も狙うかもしれませんね。
象徴的なものが多そうなんで。

実際に起きるかどうかは別として、
「積極的平和主義」はこの場合「抑止力」を持って
未然に発生を抑えるそうなのですが、
こうした時に、どのような反撃があるか明確でないのに
「抑止力」は発生するのでしょうか?

この場合、2通りの答え方がありそうです。

A、何も自衛隊空爆する必要はないので、多国籍軍空爆して抑止力になるはずだ。
(それなら、今まで通りじゃないの?)

B、現地で未然に防ごうとする哨戒、警備、警察、諜報を含めたものが抑止力になる。
(これも別に今まで通りの気がする)

根本的に、自己保存以外で武力を行使しないという前提で
「抑止的武力」というのは無理があるように思います。
しかし、同時にそのように動けるかのように偽装してます。

法律的手段のない中で目的だけ求められる集団は、
脱法へのプレッシャーを常にかけられているようなものです。
自衛隊の合憲化と敵を殺すことに関する責任の所在、
殺されることに関する責任の所在そういったものを考える時期ではあると思います。


自国の為には国外に出るべきではないと思うのです

さて、ではテロを受けた時、日本はどのような反撃をすべきでしょうか。
国外まで出て行き、敵組織を殲滅というのは、
すでにアメリカが多数失敗していることを
何もン10年遅れでやる必要はないと思われます。

反撃は常に日本の領域からの排除で十分です。
では、国外任務はいらないのかと言えば、
国際協調の一環としての多国籍軍の末席を捨てるのも難しいと思います。
確かに本当に介入が必要な事態もないわけではないので。

ただし、その国外派兵は常に、国際協調の一環であって、
報復の為とは無関係に選ばれた作戦計画であるべきです。

僕がこの中途半端な法制度の状況の中で一番恐れるのは、
テロを受けて、非常事態宣言が発せられて、
大胆な海外派兵作戦の展開に協力する筋道を歯止めもなく作ってしまうことです。

盧溝橋事件などという偶発的事件からでも
中国侵略の発端を軍部は独断で起こした。
という過去の事例はそれほど再現性の低いものでもないでしょう。

正直に申し上げてちょろっと考えた程度の話でございます。
シミュレーションとして物足りないものではあるでしょうが、
「テロが起きるかもしれない」の後の想像、
そして根本的に自衛隊は何が許されているのかということは
まだまだ考えるところがあると思います。
そう遠くない時に国民に問われると思うので、
考えることをはじめてもよいと思うのです。

***

参考文献
「紛争屋の外交論」伊勢崎 賢治

紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略 (NHK出版新書 344)

紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略 (NHK出版新書 344)