ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

『家畜化という進化』著:リチャード・C・フランシス 訳:西尾香苗

人間は動物や植物を自分たちの都合の良いように変えてきた。
今ではどれも当たり前のように見える動物たちの生態そのものが
自然なものではなく、人が関わってきた中で現れたものなのだと気付かされる。

もちろんこの本はそこに善悪を見ているわけではない。
あくまで進化についてのメカニズムを説明する理論の一つとして
「家畜化」というプロセスを観察している。

人に慣れて、警戒心を落とすような進化は同時に
顔の骨格が変わっていったり、尾の変化、あるいは体のサイズの縮小など
関係のなさそうな外的な様相にも影響を与えていく。

それにしても多くの動物が登場する。
章のタイトルになっている動物だけでこのようになる。
キツネ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジとヤギ、トナカイ、ラクダ、ウマ、人間。
そして各章の中でそれぞれまた複数の品種の変遷について語られる。
人間以外は。

この本は家畜化というプロセスがヒトにも適用されるだろうことをイメージしながらも
人間の比較すべきサンプルがない、という点でその限界も提示している。
限界を踏まえた上でしかし、興味をそそられる論点についてもたっぷりと語られている。

「家畜化」というと「隷属」のようなネガティブなイメージがありそうだが、
寛容さ、コミュニケーションへの志向性、ということであればどうだろうか。
それらを選択するような世界をヒト自身が創り続けてきたのは間違いのないことだ。

もちろん、いろんな動物が出てくるので
ヒト以外の生物進化の歴史をのぞく本としても面白いです。

イエネコは「尾を立てる」という新しい行動を進化させている。友好的であることを相手に示すシグナルだ。ヤマネコは社会性が低く、この行動はまったく見られない。だが、ライオンはイエネコと同じように尾を立てる。これは収斂進化の一例だが、ライオンとイエネコは共通祖先を持っているので、収斂が起こるのも当然ともいえる。尾を立てる行動は、ネコ科動物のなかでも社会性のかなり高いものだけが進化によって獲得できる行動のレパートリーの一つなのである。(p.102)

最後の一文は完全にスキルツリーの考え方みたいで面白い。
いや、しかし、取れる行動の幾らかは生物学的に予め選ばれているという話で、それ自体も非常に興味深い。

人間はまた協力するという意図をもって非言語コミュニケーションを行う能力でも、チンパンジーより優れている。(中略)チンパンジーはさまざまなジェスチャーを行う。しかし、指さしをして他の個体の注意をそちらに向けさせるという行動は、いまだかつて報告例がないのである。人間の子どもは、一二ヶ月までには指さしによって自分が何をしたいのか示すだけではなく、大人が欲しがっていると思われるもののありかを示すこともあるのだ。(p.375)

言われてみれば確かに!となる。
しかし、一方で警戒を群に伝える行動などはある。
ここには他者のコミュニケーションと言っても種類があって
それぞれに可能になる、ならないの条件があるということだろう。面白い。