読了レビュー「世界最強の女帝 メルケルの謎」佐藤伸行 著
著者も告白するように核心には迫れていないけれども、バイアスで見逃している事実を教えてくれもする、凡庸であるが不誠実でもない本だ。
メルケルの政治の原理をとらえるのが困難であった代わりに読者に差し出されたものとして、特徴的なのは2つほどある。
1つは関わった権力者たちが次々と失脚してきた、あるいはその引き金を引いてさえいるメルケルの足跡や、プーチンのモノマネをするお茶目な姿といった、ややゴシップよりの記事。もう1つは、ドイツの歴史および地政学を踏まえたドイツ政治そのものの変遷。
これら2つはともに中々興味深いものを選んでおり、「メルケルの謎」というタイトルに近づかなくても一応これで満足はできる。
前者のトピックスでは、ちょっとした面白いことから、政治の世界の業の深さ、闘争の激しさ、執拗さを見ることができる。犬に噛まれて犬嫌いになったメルケルに犬攻撃を仕掛けるプーチンの話などたまらない性格の悪さである。
後者のトピックスではバイアスをリフレッシュするような事実の記述が光る。たとえば、ウクライナとドイツの因縁は、冷静に考えれば見えるべきものなのに、西側にいるつもりになるとロシアの脅威ばかり見えてしまう。また日本から見ると、枢軸同盟を組んでいたのはドイツにとって(それは日本にとってもそうだけれども)ごく例外的な時期であったということも見落とす。
このように作者は外堀を埋めようとしながらも、しかし、たどり着くことはなかった。正直に言えばメルケル本人の言葉がもっと欲しかった。だが、私見を挟むなら、東独時代に抑圧された記憶からごくナイーブに生存権の確保を目指す政治ではないかと思う。だから、誰も反対ができないような正論を取り出し続けることができる。
日本とドイツの戦後史の動きは似ている部分もあれば違う部分も大いにある。そこには戦後統治のあり方の違いもあるし、地政学的なものの違いもある。しかし、政治に対する切実さと誠実さにはメルケルに見るべきものがあると思う。
- 作者: 佐藤伸行
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/02/19
- メディア: 単行本
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