「シュメル神話の世界」著:岡田明子、小林登志子
シュメル神話についての予備知識はまったくないが
おとぎ話の詰め合わせとしてまずは読ませてもらえる。
ギルガメシュと言えばビッグブリッジの死闘か
怪しげな深夜番組かと思っていましたが、ここで出てくる
英雄の名前だったのですね。
半神半人の英雄は神話の世界ではありふれていて
王権の正統性の源泉をこうしたところに
持たせることができるので、ギルガメシュもそうした英雄の一人のようです。
ギルガメシュの冒険の話も面白いのですが、
個人的にはイナンナが戦いと愛と豊作の女神とされつつも、都市に着く神である
というのが一番のふむふむポイントですね。
というのも神は理念や現象に結びつくことが多いのですが、
それは不変であり普遍であるからです。
神が滅びてしまうかもしれない都市につく、その帰結としての物語も
ちゃんと用意されています。
都市が破壊されて異民族に占領されて嘆くイナンナに
「神々が合意して決めたのだから、その国を捨てなさい」と諭すのです。
そして、また別の王権の都市として復興するだろうと。
ここには政治とは別にそこに暮らす営み自体は
なくならないという諸行無常な都市住民の信仰心が見えるようです。
他にも黄泉の世界への冒険などお約束な物語も含めて
色々詰め合わせで、お得感のある本に仕上がってます。
(しかし、これもまたバチっとした理論はないのよね。
ケレーニイあたりとか読まなかんかね)
シュメル神話の世界―粘土板に刻まれた最古のロマン (中公新書)
- 作者: 岡田明子,小林登志子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/12/01
- メディア: 新書
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エンキ神は女神に(引用者注:イナンナ)「喜ばしい声で語る女性らしさ。優美な衣装と女性の魅力。女性らしい話術」を授け、さらに「戦場では卜占によって吉兆をもたらし、また凶兆をも伝えさせよう。真っ直ぐな糸をこんがらかせ、こんがらかった糸を真っ直ぐにするのだ。滅亡させずともよいものを滅亡させ、創造せずともよいものを創造させ、哀歌用のシェム太鼓から覆いを外させよう。乙女イナンナには聖歌用のティギ太鼓を家にしまわせよう」と約束した。(p.94)
この対句的な表現や、列挙は神話によく見られる表現手法だけれど、
これは言葉の意味合いを「対句である」や「同クラスである」と言った
統語法的な制約から字義をより正確にしていこうとする作用もあるように思う。
ただ、結果あらゆるものの女神になってしまいそうだが。
神話とか昔話の多くは「天地の分かれしとき」とか「むかしむかし」のように、漠とした表現でも「いつ」のことから話がはじまる作品が多い。ところが、『エンリル神とニンリル神』はそうではない。
「都市があった」(シュメル語で「ウル・ナナム』)とはじまる。(p.142)
この歴然たるシティボーイとしての自覚がすごい。
4000年前、最古の文明ではありますが、
文明とはこの人の集積によって物語が始まったのだと言うのは
かえって徹底したリアリズムのように感じます。
最初に言葉があっても書き留められなければ、かき消えてしまう。
その意味で言葉の前に都市があった。