ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

「マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック」著:ナボコフ

素晴らしい装丁でナボコフコレクションが出ていたので
つい買ってしまった。

以下ではさくっと6割くらいネタバレしますが、
話の筋は焼き鳥の串のようなもので味わうべきは串ではないです。
とはいえ、読む楽しみが失われるようなネタバレは避けているつもりです。

マーシェンカは下宿でのお話で
ちょうどバルザックゴリオ爺さんと読む時期が重なっていたので
オーソドックスな設定から入ったのだというのが分かる。

人妻になった昔の恋人に会えるかもしれないと
今の恋人を振るろくでなしのお話ではあるけれど、
愛の幻想よりも遠く不滅のものを見つめながら書かれているようである。

本筋には直接絡まないはずの詩人の存在が印象的。

ゆるやかなドラマで、映像的な印象も薄いけれど、
何かざわつかせるような小説だ。

キング、クイーン、ジャックは
田舎から出てきた甥が都会で成功している叔父さんにお世話になる。
その奥さんと不倫をするという話で、中々に艶かしい側面はある。

(若いだけでホイホイ人妻に乗せられるフランツ君は駄目なやつだ。)

一方で、生気のない人形たちの描写もあり、
悪夢のような印象もある。
また、書き振りも誰についての話かわかりにくく書くなど
不安を抱えながら読むことになると思う。

そうした仕掛けを施すことで先の小説よりも
スリルの強い物語でありながら幻惑的なものに仕上がっている。

娯楽としての要求を満たしながら、
高い水準で美意識を発揮したナボコフらしい作品だと思う。
これが処女作と第二作とは、さすがですね。

そうそう、あと20ページを越える解説も良かったです。

ナボコフ・コレクション マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック

ナボコフ・コレクション マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック

はっきり申し上げましょう、ロシアは滅びたのです。<神を宿す>ロシアの民は、まあ想定の範囲内ではありましたが、ろくでなしどもの集まりで、我々の祖国は永久に滅んでしまったのです。(p.39)

もちろん作中人物の言葉だが
ロシアからの亡命者であるナボコフの生きた時代が垣間見える。

たとえ色あせた二篇の詩であっても、ガーニンにとっては、温かく不滅の実存として咲いた花のようなものだ。安物の香水や、懐かしいとおりにたつ看板が、不滅のものに思われるのと同じように。(p.144)

マーシェンカはおそらくこの述懐に対する証明として書かれている。