「飛魂」著:多和田葉子
未知の世界は楽しい。
初めていく街の標識の形にも驚くことができる。
曲がり角から漂う香りであったり、聞こえてくる知らないイントネーション。
飛魂は中国風の道具立ではあるが、
あくまでファンタジーの世界であって、
知らない植物が生い茂り、知らない食べ物を食べている。
しかし、それが読みづらさを感じないのは
漢字の字面をとらえて文中に馴染んでいるからだ。
二度と呼ばれない不明な固有名がそれがとても楽しく、
森の奥深いところにある学舎の、
霧立ち込める空気感の陰影を印象的にしてくれる。
掌編も悪くはないが、
彼女の場合はそれなりに長くないと
アイデア一本勝負に見えてしまうような気がしてもったいない。
また、最後に著者から読者へというコラムがあり、
肩肘張らない作者の愉しみが伝わってよかった。
- 作者: 多和田葉子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/11/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (4件) を見る
人の頭の中はどうやら、本のページや書架のようにはできていないらしい。五日間、雨が続いて、六日目に晴れれば、その日の光は五日という時間の尻尾に置かれるのではなく、濡れ曇った五日をひとまとめにして逆光の中に球状に浮かび上がらせるのだ。書物を朗読する時には二行を同時に読むことはできない。行を下から上へ読むこともできない。出来るのは、繰り返し読むことだけである。読んでいるのが自分なのか他人なのか分からなくなるまで、繰り返し読む。(p.33)
言葉は肉感的に、また逆に身体は不安定に。
あなたが読んでいると意味が全然違って聞こえる、意味の不明な意味が不明のままに立ち上がる、と何人かが言い始めた。(p.36)
これはまさしく著者の企みだろうが、
ここでは「音読された言葉」たちの霊力が現されているのであって
もっと潜在的な書の、書棚に秘められたままの虎はいまだ現れない。