「その姿の消し方」著:堀江敏幸
言わずと知れた文学ジャンキーの堀江くんです。
文学の在りように対して向き合おうとする姿勢はザ純文学でしょう。
今回は偶然目にした絵はがきの詩篇から
フランスで物語が動きます。
詩は何度も読み返すものですから、
その度ごとにニュアンスを変えた読みを見せます。
そこには教師のような身振りすら感じますが、窮屈な訳でもなく詩の枠外の話も多い。
それは単に息抜きとして用意された小窓ではなくて
詩が生まれるべき土壌、または生かされる空としての
人々の生活の話だ。
特に今回は語り手の揺らぎが著者にしては珍しく
今までにない、人間への視線を感じる。
文学のための人間でも、ただの生きる人間でもなく
文学と不可分ではありえない生き様への誇りのような。
絵はがきの頼りない解釈を繰り返しながら
ヨーロッパを放浪している主人公は
肝心の真相にはついぞ辿り着かない。
そもそも辿り着くべき場所などあったわけでもない。
その間、多くの人と交わされた無数の言葉があったことだけが確かだ。
それは血の通った歴史であり、その人々の誇りに他ならない。
- 作者: 堀江敏幸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2018/07/28
- メディア: 文庫
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あの人がフランスに来たのは仕事のためじゃない、ルルドにお参りをするためさ、奇跡を起こしてくださいってね、ムッシューはやれるだけのことをやろうとしてる、ホテルの予約は明日までだ、なんとか我慢して目が見えるようになることを祈ってほしい(p.61)
やれるだけのことをやろうとしている、ということの中に
宗教的な行為が含まれるのは、僕の語彙の中にもたしかにさっと入ってこないけれど
言われれば頷くしかないだろう。
この後の、パーティーでの軽やかさは尚更、
それが自然な語彙の中で行われていることを感じさせる。
なんというか、年を取ってみると、この座礁鯨の気持ちが前よりも理解できるように思いまして。ほほう。いるべきではないところにいるような、知らない間に、どこか自分にはふさわしくない土地に運ばれて来てしまったような、そんな気持ちなんです。(中略)息を整えた彼女はじっと私を見つめて、それはちがうね、と言下に否定した。あんたの背丈はせいぜいイルカの子どもくらいのものだ、その絵はがきの鯨は一〇メートルはあるだろう、あたしらみたいに小さな者は、浜に着くまえになにかに食べられちまうさ、座礁の心配なんていらないね。(p.163)
解釈が繰り返し上書きされる、ということの
コンパクトなバージョン。
しかし、こうやって書くと、会話文はかなり独特な間合いを作っていて
それがこの作品のテンポ感を出しているんだろう。