『メルケルと右傾化するドイツ』著:三好範英
メルケルは確かに希有な人物だ。
しかし、歴史は適した人間を連れてくるのであって、
メルケルでなくても、同じような人物がドイツに現れたに違いない。
筆者の筆致も彼女の特性を抑制的に描いている。
ここでバランスをとるように現れているのは
「右傾化する」大衆である。
社会主義的な動きに反発しながら
ナショナリズムと新自由主義の融合というのは
もはや、どこででも見てきたものだ。
そのトリガーはそしていつも難民だ。
この反応は事前に押さえ込むことは難しいのかもしれない。
また、「半覇権国家」という言葉で表現されるドイツのポジションは
ヨーロッパ世界の隠然たるバランサーであることを示している。
これは日本にも近いものがあるが、真に覇権を狙おうとする国同士が動く局面では
もはや大した力を持ち得ない気がする。
今はギリギリのタイミングではあるが、
追随することではドイツも日本も呑まれるだけのように思う。
- 作者:三好範英
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2018/02/15
- メディア: 新書
「私は決定的な瞬間には勇敢だと思う。しかし私は助走にかなりの時間が必要だ。決断の前にできるだけ慎重に考えることを試みる。突発的に勇敢であるのではない」(p.69)
政治家には決断が付き物だが、そこに至るにはそれぞれのスタイルがある。
メルケルはこうらしい。いかにもトランプとは反りが合わない感じだ。
メルケルの振る舞いは理想の旗を降さないことで、大量流入の事態に直面しても難民受け入れに肯定的な3〜4割の世論の支持をつなぎとめつつ、現実的な政策で難民政策に不満を持つ層にも支持を広げるしたたかなやり方に見える。(p.281)
理想主義と現実主義の折衷は幾度も彼女の特性としてあらわれる。
はっきりとは書いてないけれど、現状は拒否している最右翼のAfdとの何かしらの妥協も
現実主義的に飲み込むことがある、ことを匂わせている。
そうなった時はそうなった時かもしれない。
しかし、政治家のパーソナリティーとはその程度のものであるような気がする。
歴史に名を残すのは彼らかもしれないが、その決断のすべては彼らの内側とは限らない。