『突然ノックの音が』著:エトガル・ケレット 訳:母袋夏生
ショートショート、と言えば星新一をどうしても引き合いに出してしまう。
星新一は清潔で、ユニバーサルで、
近代の夢をそのままユーモアに包んだように感じるのだが、
それに比べるととてもこれは臭う。
ここには人が確かに生活している世界があって
「エヌ氏」のように一般化できない。
特殊で、個人的な、そして切実な状況が立ち現れている。
イスラエル人作家として紹介されている。
ユダヤ人とは書かれない。
例えばこれだけのことでも事態の厄介さは十分だと思う。
ただ、匂いは匂いであって主題にはならない。
気づかない人には気づかないまま読めるし、
ただ突拍子もない展開に引っ張られてワクワク読めるという点もある。
とはいえ、ポテトチップスの気楽さというよりは
レバーパテみたいなつまみで酒でもないとやってられないところがある。
色々あるけど、僕が好きなのは
ついた嘘が別の世界でその通り動き回っている『嘘の国』かな。
フィクションへの希望を感じる。せめて嘘くらい明るいものを。
「おまえさんには感謝しとるんだよ。おまえさんが嘘っぱちの犬をでっちあげなかったら、ここでわしはひとりぼっちだった。だから、おあいこさ」(p.16)
こんな感じに。