『不在の騎士』著:イタロ・カルヴィーノ 訳:米川良夫
中身のない鎧が一人で勝手に動いてたらホラーなんだろうけど
それがちょっと間抜けなくらい生真面目で、
手のかかる道連れに頭を悩ますとか、
カルヴィーノらしいユーモアのある楽しい小説でした。
とはいえ話の全体の作りはなかなか込み入っていて
ユーモアだけではない企みのある作品だ。
不在なのはこの騎士だけではなくて、
父親が不在であったり、物語の所以が不在であったり
あらゆるものはほとんど空振りに終わる。
けれどもカルヴィーノのユーモラスな筆致は
それをヒロイックに描くのではなくて、
はじまりが空虚であっても続いていく物語そのものの愉しみに誘ってくれる。
それにしても、一番最初は異教徒の軍勢と戦ってたような気がしたんですが
結局どうなったんですかね。ま、いっか。
- 作者:イタロ・カルヴィーノ
- 発売日: 2017/03/16
- メディア: 新書
「だが、貴公は存在せぬとすれば、どのようにして奉公しようというのかな?」
「意志の力によって」と、アジルールフォが答えた。「また我らの聖なる大義への信念によって!」(p.11)
ほとんどとんち合戦のような閲兵式での一幕。
ユーモラスな中にも存在せぬもののプライドを感じる。
存在せぬものは虚業と呼ばれることもある文筆業ともどこかで重なっている。
「それで、君は、将軍クラスであった父上、ロッシリヨーネ侯爵の仇を討ちたいというのかね!どれどれ、将軍一人の仇を討つのには、最良のやり方は少佐三人を槍玉にあげることだ。簡単なやつを三人、君にふり当てることができるがね、それで君も文句なしというわけだ」(p.27)
仇討ちの直訴に行った若武者ランバルドを出迎えるセリフ。
戦場で彼は父親の仇を探し回るけれど、仇の眼鏡係までしかたどり着けない。
ランバルドは生身代表として散々振り回される感じだけど、
物語の主観は不在の騎士にあるというのが面白いバランスでもある。