ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

「蛇口」著:シルビナ・オカンポ 訳:松本健二

アルゼンチンの女性作家による短編集。
南米の小説に期待されるようなマジカルな展開もあるんだけれど、
この人の特徴は、何か淡々と超常的な展開を受け入れているところにある気がする。

物語としても、欠けたものを取り戻す話ではなく、
もう戻らないことを確認して次に進むような感じだ。
この諦念はジェンダーとしての女性性によって醸成されたものだろうか。

収録作は長さもかなりまちまちで
素直なものありるし、
話者が誰だか混乱させるような構成上の試みも色々ある。
小説を書くことは彼女にとっての自由な実践だったんだろう。

マジカルな展開といっても道具立ては
おおむね現代的であって、普通の生活にもあるような物語は
私たちの普段の生活の出来事に対する陰影も深くさせるような
怪しい魅力がある。

嘘が恐怖を呼び、恐怖が嘘を呼ぶ。

 わたしは死者とアビシニアの植物と獣と鉱物の言葉がわかる。わたしは二冊の書物を編纂した。(p.37 「見えない本の断章」)

人間を描くために、人間の外側に接することが必要だったのではないかと思われる。
それが幻惑的な状況につながっている。

あなたはわたしをだまそうとして、いつも本当のことを伝えていた。わたしはあなたに本当のことを伝えようとして、いつも嘘をついていた。わたしたちは恋人だった。(p.204「かつら」)

アンビバレンスはいたるところにあり、読者は不安定な状況にさらされる。
しかし、話者自身はさらに不安定であり、それゆえに思わぬ形で天秤は傾き物語は進行する。

子どものころからわたしにつきまとってきたあの夢のなかの大波はどこへ行ったのだろう?違う。あれは夢ではなかった。夢と現実はどこが違うのか?それは時間の経過と匂いだ。(p.305「カイフ」)

この本を読んであなたはどんな匂いを感じるだろうか。