ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

「スペクタクルの社会」著:ギー・ドゥボール 訳:木下 誠

戦うために戦う文章の連なりであり、
現象のまま、道連れに消え去ろうとする試みだ。

脱構築へと連なる流れの実践的な潮流がここにはありそうだ。
消費的なシュミラークルのお話かと思うと、それよりも
より広い視野のある本ではある。

ただ、戦う衝動が強すぎて、
不明瞭な敵を映し出していないかとは思う。
ガラスを殴れば自分の拳を怪我するだけだ。
傷ついた時に、それを敵の反撃だと言うのは愚かしい。

無数の断章としてきらめく知性は
いかにもツイッター中毒になりそうな感じである。

巻末に本編に劣らない解説がある。
20世紀後半に確かにあった人々の熱気が見えてくる力作だ。

スペクタクルの社会 (ちくま学芸文庫)

スペクタクルの社会 (ちくま学芸文庫)

権力を握った全体主義イデオロギーは、逆転した世界の権力である。この階級は、自分が強力であればあるほど、それだけ強く自分が存在しないと主張する。(p.92)

おそらくそうだろう。
しかし、これを暴こうとするとき、こちらも神話的な戦いを挑むことになる。
つまり、人は敗北する。(英雄は例外である)
ならば、事前に叩き潰す以外にない。

時間とは、ヘーゲルが示したように必要な疎外であり、主体が自己を失うことで自己を実現し、自分自身の真理となるために他のものになる環境である。だが、疎遠な現在を生産する者が被っている支配的な疎外は、まさにその逆である。(p.149)

曰く、超人化を防ぐために時間が個人から奪われているのだ。
ここで、「誰が?」と問えば戦争になる。しかし、その敵は本当に敵なのか?

僕は博愛主義的に行きたい。

「理不尽な進化」著:吉川浩満

これは進化論についての本ではありません。
科学と一般的な理解との隔たりについて丁寧に書かれたものです。

と、言ってしまうには進化論についての言及はしっかりしている。
この具体的なコミットメントがあってこそ、この人の立論は意味を成すのだから
当然といえば当然なのだけれど、中々の労作であることは間違いない。

特に人間的理解について歪みであると断じるのは簡単だけれど
それを歴史と結びつけて、これも人間性のまっすぐな発露であると
限定的でも肯定しているのが好感が持てる。

もっともそれ故に、困惑させられているわけだけれど。

フェイクニュースの蔓延や科学的正しさの伝わりにくさに
居心地の悪さを感じる人は読んでおくと、
いくらかの解毒効果を発揮すると思う。

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

世に出てきた生物の九九・九パーセントが絶滅するという事実だけでも十分に強烈なのに、それらはたいてい運がわるいせいで絶滅するというのだから。生物は落ち度もないのに絶滅する。しかも、それこそが普通なのである。(p.44)

まぁ、そうだよね。死ぬときゃ、死ぬよ。

そこでその色を光の波長であらわすことになるだろう。このようにして科学は、特定の人や文化や立場からできるだけ離れた視点から対象を描写しようとする。これが絶対的な捉え方である。注意しなければならないのは、それはあくまで「絶対的」(absolute)な捉え方であって、「完全」(perfect)な捉え方ではないという点だ。(p.366)

科学が可能にしたことと、科学が目指さなかったもの、その一端がここに示されている。

「ゴリオ爺さん」著:バルザック

パリの下宿にやってきた田舎青年が社交界でもまれる変則めぞん一刻です。

まぁ、しかしあれよりだいぶ下世話か。
泣き落としにつぐ泣き落としがあらわれるけれども
みんなだいたい自分勝手すぎる。

自分のこづかいが少ないからと言って
カジノで儲けてきてと頼む女なぞこちらから願い下げであるが、
なんとその女は比較的ましな部類の人間である。

あと「不死者」とかいう中二病的ネーミングの男は
なんかするのかと思ったら思わせぶりに焚きつけるだけで
中盤で退場して一切出てこない。不死者なら戻ってこいよ。
まぁ、たしかに死んではいないけど。

そんなわけでほとんど納得できることはないのですが、
爺さんの異常な愛情だけに賭けられた物語なので
そこで読むことはできます。

また、どうやら退場した不死者だけでなく
ほかの脇役も最近のスピンオフ漫画よろしく
バルザックのほかの著作で顔を出すらしい。
そういった仕組みを考えて実行した点でバルザックの功績はあるだろう。

いや、しかし芝居が臭いのはともかくとして
倫理観がずれすぎていてついていけませんでした。
歴史資料としても違い自体は面白いよね、以上。

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

「友情もあなたのおそばでは、きっと、俗っぽいところなどないでしょうが」と、ラスティニャックは言った、「ただのお友だちには、絶対なりたくないですね」
こうした初心者向きのばかげた紋切り型も、女性にはいつでも魅力的に聞えるもので、冷静な気持ちで読むから寒々しく響くだけである。(p.219)

おい、バルザック。こっちみてしゃべるんじゃない。
なんか言い訳っぽいぞ。

「これじゃああしたの朝は、三人分のコーヒーしか用意しなくていいんだよ、シルヴィー。どうだろう!あたしの下宿はがらんとしちまって、胸が張り裂けそうじゃないかい?下宿人のいない生活なんて何なの?ゼロだよ。家具を取り除いたみたいに、あたしの下宿から下宿人たちがいなくなっちまった……(p.383)

不死者のおっさんの大立回りのあと、ごたごたして下宿人に逃げられたおばさんの嘆き。
このあと、主人公の若者とゴリオ爺さんも出て行ってさらに追い討ちをかけます。

さすがにここは可哀想だと思うんだけど、新喜劇的展開でもある。

「新しい中世」著:田中明彦

世界システム論というのは大仰でやや胡散臭い。
しかし、その印象を超えて説得力のある論を展開してくれた。

何より本書の初出は1996年で20年も前であるにも関わらず
今もその射程が先を照らしているというのが力強い。

ここで想定されている「新しい中世」の特性は一言で言えば
多様なアクターによる相互依存を前提とした世界だ。
そこでは国家のコンフリクトによる大規模なものよりは
小規模な衝突のほうが起こりそうな世界が想像されている。

ただ、この著者の本当にえらいところは、
こうした世界に移行しつつあるのであって、
こうした世界が一気に来るという主張はしないし、衝突の規模においても、
どこまでありうるかという条件付けについてきちっと押さえている。

方法の限界をわきまえるというのは
知的誠実性にとって、とても重要なことだ。
そうしたさまざまな制約と限定を越えて
それでも言えることは確証を持って言うというのはとても好感がもてる。

九・十一事件を引き起こしたオサマ・便ラーディンとアル・カイーダのネットワークの持ち込んだ争点は、実際のところよくわからない。アメリカ文明の世界に対するあり方自体について問題にしているようでもあり、アメリカが中東やその他の地域で行なっている行動すべてに反対しているようにも見える。強烈な敵意が存在することはたしかであるが、その敵意を解消するために、はたして交渉が可能なのか、現実的な政治決着が可能なのかよくわからない。(p.295)

ずっとまだ決着はついてないし、本当に今もよくわからない。
しかし、なかったことにしてはいけないだろうという気だけがする。

経済相互依存の進展は、確実に国家間で相互依存の敏感性を増大させている。(中略)それでは国家の相互依存に対する脆弱性はどう変化してきたであろうか。繰り返しになるが、脆弱性は敏感性ほど単純な概念ではないことに注目しなければならない。脆弱性を評価するには、第一に、何に価値をおいて脆弱性を評価するということ、第二に、外界の変化に対応して自らないし外界を変化させる能力がどのくらいあるかということの両方に注目しなければならない。(p.135)

この脆弱性という概念はかなり重要だと思われる。
相互依存の内実をよりはっきりと腑分けする概念であり、
互いに相手の脆弱性を高める戦略が取られる方に僕は可能性を感じました。

「物語論 基礎と応用」著:橋本陽介

完全な初級者向けとして書かれているけれども
用例の紹介の豊富さと、扱う理論の幅の広さは
今あるもののなかでは随一と言っていいのではないだろうか。

形態論、文体、構文、ナラティブの問題、展開などなど、
物語にまつわるものでいったら、あとは読者論くらいじゃないだろうか。

個人的に物語論の大事なところは
文章の技術と効果から純粋に物語をすくい出すところだと思ってる。
それは物語の物語性は、ほとんど人間性の基礎に根付いているからです。
ただの断言ではありますが、これに対しては物語に対する飢えが
少なくとも私に存在しているからそう言っています。

また、もっとも応用という意味でもすくいあげられた物語は有用です。
つまり、この本でも「シン・ゴジラ」や「この世界の片隅に」(漫画版)など
文章以外のメディア作品を扱えるのも、物語に固有のパラメータが存在するからです。

それにしても、各章立てごとに
複数の実例を挙げて説明していくのは、
著者自身の喜びがここにあることを証し立てているように思います。

本を書きたい人だけでなく、本の読み方の幅を広げてみたいと思う人にも
この著者の軽やかな紹介はきっと役に立つと思う。

物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

物語論 基礎と応用 (講談社選書メチエ)

歴史や、ドキュメンタリー、ニュースなどが物語だとするなら、これは明らかに現実とつながっている。しかし、それはすでに語られている以上は、もう現実そのものではない。
逆にファンタジーなどは、ありえないことが起こるから、さらに現実世界と離れているように思われる。しかし、それでも、人間が想像しうるものしか書くことはできない。想像しうるものでなければ読者のほうも理解不能である。とすれば、依然として現実世界が投影されているのである。(p.259-260)

語られているから、現実そのものではない、と現実ではない、のあいだ。
それと、
想像しうるものしか書けない、と
起こりうることがすべて起こりうる、ということの距離感。

渡るべき川がどれかは知らないが、橋の架け方は覚えておきたいものだ。

「勝者のシステム」著:平尾誠二

ラグビーの日本代表の選手であり、監督であった人だが、
個人的に言えば僕の母校の数少ない事前イメージを伝えてくれた人だ。

僕が大学に入った時には特に強かったわけではないので
余計に「平尾誠二」という個人が際立って強かったのだろうと思う。

2016年に鬼籍に入られたところなので、追悼本などもその時に色々出たけど、
平尾の本でずっと気になってたのはこっちなので中古で入手。

この本のいいところは無理に
ビジネスに応用するためにはということを筆者がせずに
自分の具体的な事例をしっかりと描きだすことにしているのがいい。

パスの仕方を矯正するために腕のかたちを固定させる練習とか
そんなのは一般論では見えない風景であるし、
そこまでして、という必死さは初めてそこで腑に落ちる。

どうしてでも、勝ちたい。
プレイすること自体が喜びであるのは当たり前として、
その先にある勝利への渇望を読者に教えてくれる本である。

思い返せば、昨年までの7連覇の間も、いつも何かが足りずに勝ってきていた。勝ち続けてこられたことが不思議なことだったのだ。
それなのにこの敗北で、足りないことを数えて悔しがっている。それはつまり、足りなくても勝てるということが続いて、自分のなかに慢心があったのではないか。(p.23)

ぐ、ぐさり。

2018年の計画1

ウェブ漫画巡りをやめないと時間がない。→辞めよう。

でも、もう少しお返しをしたいので、新都社の作品で
完結していない作品かつ一年以内に更新されているものを対象にレビューをします。

あくまでオススメであって、
僕の好みとも若干のズレがあります。

選外になっているのはおススメするのに何かの難があります。
例えば、有名すぎる、尖りすぎているなど。
選外にしたものはあえてコメントもしません。

とりあえず、メニューリストを作ったので、
あとは今年の春までのうちにぼちぼち片付けます。

全部で21作品。よろしくお願いします。

◆ 王道 ◆
千夜「刀遊記」王道 1
のりしろちゃん「超次元セパタクロー ツナグ」王道 2
玄界灘「エンゼルシューター」王道 3
豚斬男「アインバインの日常」王道 4
おかやまのごみ「アイスメイジは凍らせない」王道 5
くろやぎ「覇記」王道 選外
クール教信者ピーチボーイリバーサイド」王道 選外
ユーゴ「ブラックボックス」王道 選外

◆ エログロ ◆
ノゴハン「サヌルカヌイ」エログロ 1
酔拳「クソ妄想垂れ流し」エログロ 2
攻守性カナト「サツバツ世界」エログロ 3
阿比留上級大将「怪人ハンター」エログロ 選外

◆ 日常 ◆
きんじ「菜緒ちゃんの命日」日常 1
まるかわ「よろずのこと」2
へんあい「シメンソカッ」日常 3
砂糖「まい♥まいん」 日常4
まるろう「殉職天使」日常5


◆ ギャグ ◆
スモーク=リー「スカイスイマー」ギャグ 1
8→「24」ギャグ 2
人形「ハイパー片思い」ギャグ 3
いす「ハートを磨くっきゃない?」ギャグ 4
穀倉「忍んで地獄道」ギャグ 5


◆ サブカル ◆
チラシのウラ「チラシのウラ漫画」 サブカル1
静脈「受肉定食」サブカル2
比家千有「人面リーゼント犬」サブカル3
杉本アトランティス「魔女試験」選外
TMR「浦木探偵の推理と解決」 選外