ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

「ガザに地下鉄が走る日」著:岡真理

世界中ニュースに溢れている。酷いこともたくさん起こる。
ガザはその中でも長きにわたって苦境を強いられている場所のひとつだろう。

著者は繰り返し現地に赴き、
そのたびごとに人と触れ合い、
隣人として苦難から目をそらさないようにする。

しかしながら、彼女は同時に自分の日常にそれら
(ミサイル弾の音、近づくと撃たれるフェンス、空爆で壊される家)が
ないことをごまかさない。それらは自分の苦難ではない。
どのように誠実に向き合うかというのがそのまま、
本書の中の動揺にあらわれている。

それはたしかに動揺なのだと思う。
何度も訪れる、同じような個別の悲劇を個別の
ストーリーとして描き出そうとする日本とガザの往復。
陰影のくっきりしたその素描は深い影に引き立てられて、
また人の美しさもよく描かれている。

この本の表紙のデザインである
ガザの美しい壁とムスリムの女性の表情はそれらをよく表現している。

ガザに地下鉄が走る日

ガザに地下鉄が走る日

ノーマン、何者でもないがゆえに、ただ人間でしかない者たち。人間でしかない彼らは、人間が何者であることによってーーたとえば市民であるとか国民であるとかにーー付随するいっさいの諸権利をもたない。(p.22)

これはガザだけではない。おそらく日本国境の内側でもあり得る。
しかし、都市がまるごとそうであるとした時の想像などできるだろうか。

アスマハーンさんは難民二世だ。事務所でトルココーヒーを飲みながらお喋りしていたとき、「貴方はこのキャンプで生まれたの?」、そう何気なく訊ねた私は、すかさず答えた彼女のその答えにたじろがずにはおれなかった。「そうよ、私はここで生まれて、そしてここで死ぬのよ」(p.136)

この質問は軽率に違いないが、その軽率さを記述する姿勢は
彼女の誠実さから来ていると思う。

立派な一軒家もあるが、地区外の住宅と比べると明らかに貧しい木造の家が並ぶ。いまだ豪雨があるたび、床上浸水する家もある。「不法占拠」であってみれば、そこに暮らす者たちは、行政にとって十全たる「市民」ではなく、税金を投入する行政サービスの対象ではない(レバノンの難民キャンプがゴミ回収や水道など、レバノン政府の一切のサービスから排除されているのと同じように)。
(中略)
ウトロをひととおり案内されてジュリアーノは言った、「日本にも<難民キャンプ>があるとは知りませんでした」(p.198)

私たちは何を見て、何を見過ごしているのか。

ラニの家を辞すとき、ラニの奥さんが私の靴を持ってきてくれた。泥がこびりついていた靴はきれいに磨かれていた。一緒に暮らしているラニのお母さんは、庭先のアーモンドの樹から青い実を両手にいっぱい摘んで、お土産にくれた。(p.225)

日本人に世話になっているからといって、初めて会う東洋人をもてなしてくれるエピソード。
もてなすということの中に心の気高さと美しさも感じるような挿話だ。
彼らは苦しくても、生きている。

「経理高速化のための7つのITツール活用戦略」著:古旗淳一

ITツールと言っても高価なシステムを導入しろという話ではなくて
当たり前にある環境の使い方、考え方の紹介である。

とはいえ、そもそもコンピューターの使用自体が
それほど浸透から時間の経っていないもので、
使用者に対するリテラシーの要求水準がばらついているのが現状だろう。

本書はハイリテラシーを強要するものではなくて、
どの水準でPCの活用を整備するかの目安を示したものだ。

たしかに難しいことを特にしなくても
ファイル名とフォルダの階層化の仕組みであるとか、
こういったところを整理するだけで、pcでの効率はたしかにぐっとあがるものだ。
ソフトの具体的なものとしてはエクセルしか取り上げていないし、
そこでも永続的なメンテナンス可能性のためにマクロは避けようと一貫している。

また、最初に配置されたスケジュールの可視化と美しい元帳
というのは経理の基本にして最重要なところだろう。
入門者が読むにしては権限が足りない気もするので、
中級者が自社の仕組みの振り返りをする時のひとつとしてちょうどよいかもしれない。

7つのITツール活用戦略: 経理高速化のための

7つのITツール活用戦略: 経理高速化のための

決算修正は、すべての資産・負債の残高をあるべき残に合わせる作業といってもいいぐらいです。(p.60)

財務諸表全体に対して作成責任を持つ管理職は、同時に財務諸表を説明する責任を持っています。なぜ売上高が◯%増えたのか、なぜ銀行からの借入金が◯◯百万円増えたのかといった、会計数値の裏側にある「経営」そのものを理解し、経営者や銀行、投資家などに理路整然と説明できなければいけません。(p.148)

「正確な決算を早くラクに実現する経理の技30」著:中尾篤史

経理という仕事は、コストセンターと呼ばれてしまうが、
それ故に非効率が気づかれないまま放置されてしまうことが恐らくある。

そういう点で、何に気をつけて点検するべきか教えてくれる本である。
驚くような技があるわけではない。
そりゃそうだよな、という点も多い。

ただ、やり方を変える時の導入コストで二の足を踏むのは本当にもったいない。
経理には繰り返しの業務が多いので、やり方の見直しで得られる
継続的な効果は必ずや導入にかかった数日を取り戻してくれる。

AIによってとって代わられる職種だと言われるが
そもそもAIを導入するのは人間である。
日頃の仕事に埋没することなく
新しいシステムがあれば柔軟に適応できるよう
仕事全体の流れの見通しをよくしておくことを心がけたい。

正確な決算を早くラクに実現する 経理の技30

正確な決算を早くラクに実現する 経理の技30

自社の業務分析をしてみる
理想と現実のギャップからボトルネックを見つけ出す(p.9)

まずはこれ。

スケジュールは日単位で作成する
翌年もスケジュールを更新して使用することでミスをなくす(p.24)

決算の前に個別勘定の集計を先に欲しい部署があったりするかも。
業務をおおまかにでも書き出しておくと
スケジュール兼、業務リストになっているのがポイント。
来年も基本的には同じなので、それを確認してから始めると早い。

「服従」著:ミシェル・ウェルベック

小説はフィクションでも、フィクションだからこそ
単に人がそう思っているだけのことを書いてしまえる。
シャルリエブド、同時多発テロ、黄色いベスト、
一体全体フランスでは何が起こっているのか。
そんな興味で本書を手に取った。

主人公は大学の教授で文学を研究している。
彼がいかにしてイスラムに転向するのか、というのがこの物語だ。
筋書きはスリリングではなく、どちらかといえば退屈なものだが
それは本書の価値を損なうものではない。

神がかり的な天啓があるわけでもなく、
ただ道なりに進んだ先に転向があるという退屈さ
それそのものが脅威として感知されるように描かれている。

また、退屈という感覚は主人公自身にも植え付けられている。
彼は仕事への意欲を半ば失いながらも、
女性と食の享楽に生きる意味を掘り起こそうとする。

この凡庸さこそがリアリティをもたらしている。
社会ごと転向してしまうとどうなるのかは別の話として、
十分にありうる未来として読めた。

解説が佐藤優なのも高ポイント。
本作品の位置付けを伝える正しい意味での解説。

この若いカトリックの聴衆たちは、自分の土地を愛しているのだろうか。ぼくは自分が消えてもいいと思っているが、それは特に祖国のためではなく、人生のあらゆる面で破滅してもいいと思っているだけなのだ。(p.179)

この手の退屈さは、衣食が足りたあとの退屈さのように思える。

「弟と妹は向こうで高校を続けられるし、わたしもテルアヴィヴ大学に行ける、部分的に単位も交換可能だし。でも、わたし、イスラエルでなにをしたらいいの。ヘブライ語は一言も話せないのよ。わたしの母国はフランスなんだから」
彼女の声は微妙に変わって、ほとんど泣かんばかりだと感じた。「わたしはフランスが好きなの!」彼女の声は切迫していた。
「好きなの、たとえば……チーズとか!」(p.109-110)

主人公の恋人はユダヤ人であった。
家族とともにイスラエルに連れて行かれるという話が出てのセリフだが
わりと作者の意地の悪さが発揮されている。
しかし、前提なしにユダヤ教イスラム教が対立項になっているというのは
日本で気づいていないだけでそうなんだろう。

「現代社会はどこに向かうか」著:見田宗介

見田宗介社会学専攻の一部のタイプに人気がある。
宮台真司よりは文化人類学的で、
中沢新一より計量データをきちんと扱う。

まぁ、僕の好きな先生です。
その新刊なんですが、これは少し物足りなさを感じる。

内容としてはサブタイトル(省略してしまってますが)の
「高原の見晴らしを切り開くこと」のために本書は書かれています。
高原とは爆発的増加を経て増加の踊り場に来た我々人類の
グラフに現れた台地のことです。

意識調査の経年比較から、この踊り場において
1、家族システムの解体 2、保守化 3、魔術的なものの復活
を確認したうえで、合理化圧力の弱体化を
引き出すあたりの手つきはさすがである。

ただ、結論的なものに行くにあたって
口当たりのいいものにまとめてしまっているような感覚を受ける。
互いに求められること、生活そのものが喜びであるようなこと、
それ自体が求められるのはなんの違和感もないが、それならずっとそうだったはずです。
ここに至って導かれるべきは経済が
それらをビルトインした時の姿の構想ではないかと思う。

まぁ、でもファンとしては高齢なので新刊もないかと思ってたところに
(すでに全集の刊行も始まってる)今、の地点から書いてもらえたのは嬉しいんだよね。

西ヨーロッパ、北ヨーロッパを中心とする高度産業社会において、経済成長を完了した「高原期」に入った最初の三〇年位の間に、青年たちの幸福感は明確にかつ大幅に増大している。(p.57)

NHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査を見たあとで
「世界価値観調査」から多国籍間の比較を行う。
社会問題などは変わらず取りざたされていても総体としてみれば
幸福感の上昇は認めるべき事実と言って差し支えない。

予言書からキリスト教に至る宗教は、未来へ未来へと向かう精神、現在生きていることの「意味」を、未来にある「目的」の内に求めるという精神において、この近代に向かう局面を主導してきた。(p.96)

苦しい時はこの啓示が救いになったが
幸福になってしまえばどうなのか、というのが本稿。
また、これまでの基幹的な考えとして宗教を引いているが
同時に宗教が救いにならないという視点でもある。

「会社法入門」著:神田秀樹

会社法というのは商法から派生して現れた
比較的新しい法律のようだ。

これは会社というものの存在感の増大に加えて
株式市場の整備という側面がある。
本書は入門ということなので、
法人という概念の説明から丁寧にやってくれている。

なので、会社法の必然性というのは良くわかるのだが
後半の組織再編のあたりはだいぶ複雑でわかりにくかった。
これは僕の知識不足もあるだろうけど、なんというか
毎年改正を繰り返しながら変更するという中で、
逐次的な対応が煩雑さを生んでるところもあるんじゃなかろうかと思ったり。

まぁ、経営側の人間にでもならないと
こんなことは視界に入ってこないかもしれない。
ただ、経済的な活動のフィールドをこのような形で
立法が整備しているという事実はきちんと覚えておく必要がある。
そう、企業の前向きな活動も国会で用意されたものが活用されている。

会社法入門 新版 (岩波新書)

会社法入門 新版 (岩波新書)

会社法は、それまでと比べると、設計の自由は拡大したが、それでも多くの介入をしている。その理由を端的に言えば、株主を保護するためであるが、第1章で述べたように、株式会社の特徴を最大限発揮するためには、法がある程度介入しなければならないというのが歴史の教えるところだということである。(p.50)

株主は会社のために訴えを提起するので、判決の効果は、勝訴・敗訴ともに、会社に及ぶ。代表訴訟の結果、勝訴した場合でも原告株主は会社への給付を要求できるだけであって、自分には一円も要求できない。(p.99)

株主代表訴訟について。なるほどなー。
まぁ、直接自分には入らないけど、
会社の利益に還元されたらそれを分配される権利自体はあるのだよね。

「台湾生まれ 日本語育ち」著:温又柔

クレオール文学というものがあって、
あのエキゾチックが内包された、
悲しみと楽観のマーブル模様を楽しみつつも遠くに感じていた。

ただ、この温又柔のエッセイはまぎれもなく
日本にもクレオールと同じものが存在しているということを
優しげに提示している。

植民地化が良いことであったなどということはありえない。
ただし、その結果をポジティヴに引き受けていくということは可能であるし
可能であってほしい。

国籍などという帳簿上のことが
しかし、重要になってしまうこの世界の中で
今立っている場所と発される言葉を尊重できるような
環境を育てていかなくてはいけない。
思いのほか脆いものであるから。

「我住在日語」(わたしは日本語に住んでいます)
というのは中国語訳でのタイトルらしいが、
誇らしさを感じるとても良いタイトルだ。

台湾生まれ 日本語育ち (白水Uブックス)

台湾生まれ 日本語育ち (白水Uブックス)

幼稚園の砂場で、どの日本語なら口にしていいのか混乱していた五歳のときと同じように、十九歳のわたしは大学の中国語の授業で、どの中国語なら「正しい」のだろうかと緊張していたのである。(p.45)

台湾生まれであるから、北京語の普通話とも違う言葉でそれが
彼女を二重に責める。

戦後、大陸で「山崎」から劉」に改姓したときの恵美ちゃんの曾祖父は一〇〇年も経たないうちに、自身の曾孫が日本の学校に入り、しかも「日本育ちの台湾人」から中国語で日本語を教わることになるとは想像できただろうか?(p.130)

こうしたことは戦争があったからだと思うのは誤りで、
仕事で移住する人も多い現状では戦争などとは無関係に類似したことは起こる。
だからこれが端的に悪いことではないし、
ポジティブに引き受けられるかが問題なんだ。