ヨモジジ(freaks ver.)

本と雑貨と音楽と、街歩きが好きなオッサン。1981年生まれの珈琲難民が好き放題に語る。レビューのためのブログ。

「ルージーン・ディフェンス/密偵」著:ナボコフ 訳:杉本一直、秋草俊一郎

ナボコフコレクションの第二巻となる本書はチェスの名人の話と、
死んでる男が視点人物となる不思議な話の二篇が載っている。

二つはどちらも特別な企みを持って作られており
才気走るナボコフの筆力の高さに唸らされてしまう。

正直、僕には後半の密偵はキツネにつままれたようになって
よくわからなかったけれど(ロシア事情に通じると見えるものがあるだろう)
ルージーン・ディフェンスには驚かされた。

憂鬱なトーンで幼少期から一生を追っていくお話かと思っていたら
作品の構成そのものがチェスの展開をなぞることになっており
チェスの名人の人生がチェスの中に埋め込まれていることが暗示されている。

クライマックスのあり得ないようで、
かつフォトジェニックな終局図には溜息が出ました。

もちろんその点で犠牲にされたものも、ままあるもののの
書き切った時のナボコフのドヤ顔は想像に難くなく、
密偵についても、また別の試みに果敢に飛びかかっていく姿勢が感じられます。
(そして、同じことはあまりやりたくない、という感じを受ける。)

だから途中で生物学の研究とかするんだね。年表見て初めて知ったけど。
好奇心に従って突き進む才能のほとばしりです。ぜひ。

ルージーンの話し方はぎこちなく、粗雑で的を得ない言葉ばかりだったーーだが、ときおりそのなかに、不思議なイントネーションが身を震わせることがあり、そのイントネーションは、彼が口に出すことのできないでいる、繊細な意味の詰まった生き生きとした言葉をほのめかすのだった。無知であるにもかかわらず、語彙が貧しいにもかかわらず、いつか耳にしたことのあるさまざまな音の影を、かすかに聞こえる音の振動を、ルージーンは自らのうちに隠し持っていた。(p.169)

ナボコフは天才肌でほとんど狂人に近い位置にあるような人間の言葉を、
純粋なものを取り出そうとしてフォーカスしていたに違いない。
もしかすると、自分自身の世界との断絶についてであったかもしれないが。